今回は、スタジオジブリの高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」(2013年11月23日公開、137分、日本)を取り上げます。
今回の作品は、個人的には、
- 高畑勲監督の最高傑作
- アニメ史に残る大名作
だと思う作品です。
また、人生や恋愛において、動くこと、決断すること、チャンスを逃さないこと、の大切さを描いた作品でもあると勝手に思ってますw
うがった見方をすれば、今作は恋愛映画だとも言えます。
できれば、最後まで読んでください。
どうぞw
ストーリーはみんな大筋ではご存じの「竹取物語」(かぐや姫)です。
しかし、今回の「かぐや姫の物語」は大胆なチャレンジをした作品でもあります。
原作の「竹取物語」では、ほとんど描かれていない、登場人物の心情を強く描き、物語の大筋は変えずに、作品の印象をガラリとかえる、と言うものです。
はい。
僕が当初持っていた「かぐや姫」のイメージとは、180度違う、全く違う作品になっていました。
本来の竹取物語は、どこか神秘的な作品で、登場人物の心情には深く潜りこんではいません。
しかし、今作では、ガンガンに心情に潜り込んでいきますので、かなり新鮮で、深く心に残ります。
その結果、典型的な古典的作品から、今風の作品にアップデートされています。
そこが印象的で、良かったです。
ちなみに本作の劇場公開時のキャッチコピーは、
「姫の犯した罪と罰。」
高畑監督としては、一度捨てたテーマをキャッチコピーにされたらしく、不愉快なキャッチコピーだったようです。
結局、このキャッチコピーに決まったため、一度捨てたテーマを再度拾うべく、若干、手直し(シーン追加?)したようです。
ですが、「罪と罰」については、直接描くことはなく、暗示にとどめたようです。
(「罪と罰」についてはネット上でいろいろ考察されてるようですが、ネットで高畑監督の古い資料(=答え)でも見つけ出さないと、自力で答えにたどり着くのは難しいと思います)
完成版でも137分と、アニメーション映画としては、結構、長いですもんねw
テーマがぶれるのも良くありません。
今作の新しいテーマは、物語の本筋を変えずに、印象をガラリとかえること。
「姫の犯した罪と罰。」は、高畑監督からしたら、もう、興味がなかったのかもしれません。
まずは、僕と「かぐや姫の物語」の出会いから。
かぐや姫の物語は、プロモーションでもたびたび使われていた「かぐや姫が疾走するシーン」がとにかく印象的でした。
また、同じ高畑監督作品の「ホーホケキョ となりの山田くん」の絵柄も好きだったため、楽しみな作品でした。
しかし、映画館に見に行くようなことはせず、テレビでもあまり放送されないため、今まで見たことはありませんでした。
今回見た感想は、「ホーホケキョ となりの山田くん」のころより、きっちり輪郭が描けている気がしました。
「となりの山田くん」のころは、まだ若干、
「(未完成では?)」
と思うような、輪郭があいまいに感じる部分もありました。
しかし、今回は、輪郭が描き切れてるように思え、完成されたものであると感じました。
ストーリーの方も、「アルプスの少女ハイジ」に通じるものがあり、ハイジが、高畑監督の代表作なんだなとも思いました。
序盤では、かぐや姫が翁からは「姫」、村のみんなからは「タケノコ」と呼ばれて育つ様子が描かれていました。
生まれたばかりのかぐや姫は、小人サイズで
「(あんまりかわいくない)」
と思いましたし、
その後は、「(丸出し)」と思ったこともありました。
しかし、ここから物語が進展していきます。
非常に良い作品だと思いましたし、面白かったです。
しかし、見ている途中で、気になる点はありました。
それは悪いことではなく、
「(ラストがどうなるのか?)」
と言うことです。
この映画のラストは、最後の最後まで見ないと分からないものでした。
よって、ここからは、若干、ネタバレです。
でも、あくまで、若干です。
ネタバレがイヤな人はチャンネルを変えてください。
「みそらちゃんねる」だけにw
結局、冒頭でも書いた通り、物語の大筋は、原作から変わっていません。
だから、原作通りに終わりますw
その結果、この映画を見て、強く思ったのは、
「恋愛のチャンスは1度だけ」
と言うことです。
キャラクターの心情を追加するだけで、僕に、原作にはない結論(恋愛のチャンスは…)を出させることに成功しました。
大筋は変わってないのに、実質的に物語が大きく変わってる証拠ですw
で、話を「恋愛のチャンス…」に戻します。
かぐや姫にとって、恋愛のチャンスがあったとすれば、捨丸が都で鳥を盗んでいるときの1度だけだったのではないでしょうか?
ここが、物語の分岐点だったと思います。
ここで、かぐや姫は、動かず、決断せず、ただ、チャンスを逃したのです。
捨丸は泥棒だから、現実的に(見た目的に?)身分が違いすぎるから、捨丸の方からは動けません。
ここは、かぐやの方から動くしかないのです。
本当に「つかまなければいけないチャンス」が巡ってきたときには、しがみついてでも、つかまなければいけないものなんですよ。
チャンスは何回も来てはくれません。
「恋愛のチャンスは1度だけ」なんです。
それと、裕福かどうかは疑問ですが、結局のところ、捨丸は妻子に恵まれており、それなりに幸せに暮らして(?)います。
と言うことは、かぐやの方が、って言うか、
「(かぐやだけが悲しい思いをしたのかな?)」
とも思います。
捨丸の方は、
「(この山に戻って来たんで、タケノコの幻を見たわ)
(HAHAHA !)」
って笑い話で終わりそうですし…。
序盤のシーンで、

俺、オマエがこのままどんどん大きくなって、俺たちとは違うところへ行っちまう気がする

なんで、そんなこと言うの?
タケノコは、いつまでも捨丸兄ちゃんと一緒だよ
ずっとずっと捨丸兄ちゃんの手下だよ
と言っていたのが印象的です。
人生なんて、そんなもんですw
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ちなみに、キャッチコピーにある「姫の犯した罪と罰。」ですが、詳細は高畑監督の東映動画時代の企画書に書かれているそうです。
東映動画時代の企画書によると、
- 罪:地球から月への帰還女性(地球から月に舞い戻った天女)の記憶を呼び覚まし、地球での思い出により帰還女性を苦しめたこと。
かぐやも穢れた地球にあこがれたこと。 - 罰:地球送り(島流し)。穢れた地球に送られ苦しむこと。
- 刑期:穢れた地球で苦しみ、月に助けを求めるまで。
(地球が穢れていると認めた、と判断できるため)
だそうです。
翁が受け取った金や衣装は、かぐやを都に出させて苦しめるためだったんですねw
田舎の自然に触れるのではなく、都の穢れに飲み込ませるためだったんですね。
捨丸兄ちゃんの手下では、いられなくするためだったんですね(!?)
こんなとこかなw
今回は、なんか、非常に心に残った作品でした。
稀にみる良い作品です。
ほななw


