まずは、恒例の独白から。
オムファタ任三郎
彼が浮気したとします。
これで愛が壊れるのは、
「浮気をしない彼を愛してただけのこと」
(彼の全てを見ず、一部だけを見て、一部だけ愛していたと言うこと)
(彼の一部 = 浮気しない彼)
と言う人がいます。
今後、付き合うのか、別れるのか、決めるのはアナタです。
ただ、もし、付き合いを続けると言うのなら、現実を憂いて、立ち止まってはいけません。
現実を憂うよりも、自分がどうしたいのか?、何ができるのかを考え、行動するべきです。
愛が(信じる心が)試されてるのです。
今回は東京都の片田舎(北多摩郡?)「鬼切村」で起こる奇妙な殺人事件。
(今作から着想を得て、onigirimura.com【おにぎり村、鬼切村】を取得してしまいましたw)
(今のところは、アクセスすると、このページに転送されます)
鬼切村では、村内の有力企業「堀部パン」の社長が、次々と死に至る謎の事案が発生していました。
- 創業者・堀部幾三(行方不明)
- 2代目・堀部伍平(クマに襲われ死亡、幾三の義弟)
- 3代目・堀部大吉(主に捜査する事件の被害者、幾三の長男)
2代目・伍平の死により、堀部パンは堀部家・長男の大吉が継ぎますが、大吉は裏山を売り、レジャーランドにする計画を推し進めます。
そんな中、裏山売却に否定的な、堀部家・次男の「音弥」は、小学6年のときに書いた自由研究のノートを見つけます。
タイトルは、
「ぼくの考えた完全犯罪のすべて」。
当時、はまっていた推理小説を参考にしたそうですが、この中から、
- よろい殺人
- 雪の密室殺人
- 鬼切村わらべ歌殺人
の3つを実行し、兄・大吉を殺害します。
感想です。
殺人事件に使われた「よろい」ですが、これは、どうとでも言い訳ができるでしょうし、言い訳をする必要もありません。
古畑は、犯人が「よろい」を大吉の部屋に飾るように見せかけた、と推理しますが、別に「よろい」を大吉の部屋に飾る必要はありません。
- ジャマだからどかそうとした
で良いのです。
よろいは元々社長室に飾られてるものでした。
先代社長が亡くなって、堀部家に戻って来ただけです。
元々、置き場所など決まってないし、置き場所などないのです。
ジャマなんですw
あと、今泉に床にこぼれてる水をなめさせたのも疑問です。
この水は、トリックに使われたもので、なめるのは重要な行為ですが、今泉になめさせたのには疑問が残ります。
水に着目するのは重要ですが、なめさせると言うのは、心理的に無理があるように思います。
なめさせるには、もう少し、何か必要だと思います。
しかし、今回の事件は、音弥が小学生のときに他の推理小説を参考にして考えたと言うだけあって、なかなか見ごたえがあります。
金田一耕助のシリーズに「悪魔の手毬唄」と言う作品があります。
余談ですが、金田一耕助「悪魔の手毬唄」は、僕以外の人の考え方は分かりませんが、考えようによっては、加害者と被害者の一人二役と言う奇妙な構造になっているとも考えられ、興味深い作品です。
今回の古畑任三郎は、金田一耕助のシリーズみたいな雰囲気で作られていて、こちらには、わらべ歌が出て来ます。
歌の名前は「あの世節」。
作中では、全ては歌われませんが、あの世節は、なんと88番(鬼切小学校調べ)まであると言うことです。
あの世節の歌いだしで、
「あへあへあへは あへあへは」(?)
と言うのが、少なくとも3回繰り返すと言うのも笑わせてくれます。
この「今、甦る死」は途中まで大好きな作品で、非常に良い感じでしたが、終盤は新たな展開を迎えます。
名探偵ポワロ「カーテン ~ ポワロ最後の事件 ~」みたいな流れになってくるのです。
(あるいは宮部みゆき「魔術はささやく」?)
古畑任三郎ファイナルの第1作と言うこともあり、名探偵ポワロの最終作の要素も入れたかったのだと思います。
しかし、僕は、このカーテンについては、かなり無理があると考えており、この「今、甦る死」でも、そう見えました。
そのためか、終盤は犯人も特に反論せず、むしろ肯定的な態度を取り、ストーリーが急ピッチで進みます。
そのためか、刑事コロンボ第14作「偶像のレクイエム」のような流れになりますが、証拠が提示される前に、物語は終わります。
(偶像のレクイエムも証拠が提示される前に終わったような気もしますw)
(よく、覚えてません)
終盤については、古畑が捜査として、かなり冒険(無茶)してると思うので、もう少し、工夫しても良かったかもしれませんね。
でも、終盤は時間をかけずに走り抜けるのが正解だと思うので、難しいところですね。
終盤よりも前が面白いですからねw
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ほななw
おにぎり村なのに、堀部パンなのは、これ如何に?

